ひとりで飲んでいると、眼鏡をかけて真っ赤なシャツを着た50がらみの男性が入ってきた。
私に「ボンジュール」と挨拶するので "Good evening!"と返すと、"Japon?" と聞く。
頷くと、「あまり英語がうまくできなくてすみません。私は中国人と結婚しているんですが、日本へは行ったことがない」と言いながら、カウンターに座る。後で分かったが、この人はフランスでは名の知れたフォーク・ソング・シンガーだった。
「ベトナムの首都は何て言いましたっけ?」
「ホーチミンでしょう?」
「そう。そのホーチミンへ行ったとき、ミッテラン大統領が来たのです。その記念式典でフランス国歌を演奏する替わりに私が歌ったのです」
「へえ?本当ですか?」
そんな話をしながら、私は、彼が注文したカクテルに注目していた。レモンがたっぷり入っていて、見た目にはいかにも美味しそうだったから。
「それは何ですか?」
彼は「美味しいですよ。飲んでごらんなさい」と自分のカクテル・グラスを差し出した。
この様子があまりに自然だったので、私は受け取って味わった。レモンが強く利いたウイスキー・サワーだが、スコッチとレモンの割合が絶妙でさわやかな香りがした。とても美味しかった。
別れるとき、彼は言った。「このホテルにお泊りでしょう?明日、私のCDを届けさせましょう」
はじめて会った人にカクテルの味見をさせたり、CDをくれる人。
そんな人に会ったのははじめてだ。
翌日、私の部屋に3枚のCDが届けられた。クリストファ(Christophe)という名前だった。
この一件だけで、私はパリがもっと好きになった。
(8/11/1997)
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